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大阪高等裁判所 昭和30年(ネ)950号 判決

控訴人(附帯被控訴人) 百野伊三郎

被控訴人(附帯控訴人) 中筋紡績株式会社

主文

被控訴人の附帯控訴を棄却する。

原判決を左のとおり変更する。

控訴人は、被控訴人に対し、金三〇五、一四七円及びこれに対する昭和二六年一二月三〇日以降完済に至るまで年六分の割合による金員を支払うべし。

被控訴人その余の請求を棄却する。

訴訟費用(附帯控訴によつて生じた費用を含む)は、第一、二審を通じ、これを五分し、その二を被控訴人、その余を控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決中、控訴人勝訴の部分を除いてその余を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決ならびに被控訴人の附帯控訴棄却の判決を求め、被控訴代理人は、控訴人の控訴棄却の判決ならびに附帯控訴として、「原判決を次のように変更する。控訴人は、被控訴人に対し、金七二〇、九八三円一一銭及びこれに対する昭和二六年一二月三〇日以降完済に至るまで年六分の割合による金員を支払うべし。訴訟費用は、第一、二審とも控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、

被控訴代理人において、本件が立木の売買でなく、木材の売買であることは、次の諸点即ち(1) 被控訴人は、控訴人より石数調査書(甲第一五号証)を示され、これを基礎にして代金額を決定したものであること(2) 被控訴人は売買にあたり現地につき石数を調査した事実のないこと(3) 伐採人夫はすべて控訴人が雇入れ、伐採用ロープ、炊事道具等も控訴人が貸与し、かつ伐採木材の寸検、被控訴人への送付等一切が控訴人の指揮監督の下に行われたものであることよりしても明らかである。もつとも乙第一号証の売買契約書には、石数の表示がないが、右は税金負担の多額をおそれ、代金額を一五万円とした関係上、一、五〇〇石という多量の石数を記載することができなかつたからである。かりに控訴人主張のような立木の売買であるとしても、その数量は、一、五〇〇石あるものとして取引されたものであるのに、実際は七〇二石三、四しか無く、差引七九七石六、六不足していたのであるから、被控訴人において、代金減額請求権の行使により控訴人に対し、前渡代金六五万円より実際に納入を受けた七〇二石三、四に対する石当り四五〇円の割合による代金額三一六、〇五三円を控除した残額三三三、九四七円の返還を予備的に求めるものであると補述し、

控訴代理人において、本件売買にあたり、石当り単価について折衝がなされたとしても、それは契約成立に至る段階に過ぎないのであつて、右単価や数量が契約の内容になつたものではない。契約の内容は乙第一号証が示すとおりである。もし被控訴人主張の如く、石当り単価を四五〇円とし、その主張の石数調査書(甲第一五号証)を基礎に代金額を定めたのであれば、石数は一、五五八石であるから、代金総額は七〇一、一〇〇円とならねばならぬ筈である。元来右調査書は、控訴人が参考までに被控訴人にみせただけで、被控訴人には現地における調査を進言したが、被控訴人はもと現地山林の所有者でその状況を熟知していたものとみえ、これに応じなかつたのである。控訴人が伐採人夫を雇入れたことはなく、ただ被控訴人の希望によつて知合の人夫を斡旋しただけである。従つて伐採の指示監督、人夫賃の支払は被控訴人によつてなされ、寸検その他伐採の結果の報告も被控訴人の人夫から被控訴人に対してなされているのであつて、控訴人は関与していない。さらに、本件の如く樹令五〇年を越える杉檜が木材として売買されるのであれば、通常業界では杉檜取りまぜ一石いくらというような単価の定め方をしないこと、木材としての売買であれば通常規格として長さが指定される筈であるのにその定めがなかつたこと、伐採当時採取された杉皮が被控訴人によつて他に処分されていること等を思い合せるとき、本件が、木材としての売買でなく、立木としての売買であることが明らかであると補述し

た外、原判決事実摘示と同一であるから、こゝにこれを引用する。

証拠として、

被控訴代理人は、甲第一ないし第一五号証、同第一六号証の一ないし二四同第一七号証を提出し、原審証人東浦伝一、原審並当審証人工藤武雄の各証言、原審における鑑定人小川喜兵光(但し一部)、同森下金次郎の各鑑定の結果、原審並当審における被控訴会社代表者中筋喜代二本人尋問の結果を各援用し、乙号各証の成立を認め、同第二号証の一、二を利益に援用し、

控訴代理人は、乙第一号証、同第二号証の一、二を提出し、原審証人若松丸市、原審並当審証人百野康雄、当審証人東忠治、同東浦伝一の各証言を援用し、甲号各証の成立を認めた。

理由

被控訴会社は、昭和二九年九月八日、その商号を現在の中筋紡績株式会社に改めるまでは、株式会社中筋製作所と称し、製材ならびに木材製品の売買を業としていたこと、昭和二六年三月中旬、控訴人が売主、被控訴会社が買主となり、控訴人所有の大阪府泉南郡淡輪村山林の杉檜につき売買契約が結ばれ、同年四月八日被控訴会社より控訴人に対し、代金六五万円の支払がなされたことは、当事者間に争がない。

よつて、右売買の内容、とくに被控訴人主張の如く、木材としての売買であるか、または立木の売買であるにしても数量を指示してなされたものであるか、それとも控訴人主張の如く、単なる立木の売買に過ぎないかどうかについて判断する。

成立に争のない甲第一五号証、同乙第一号証、原審証人若松丸市、原審並当審証人百野康雄の各証言を綜合すると、控訴人は、その所有の右山林について、昭和二六年一月頃間伐をするため、若松丸市をして調査せしめ、間伐木は立木に○印をつけ、そうでないものはブリキ板をつるして選別しその結果を報告せしめたところ、甲第一五号証記載の如く間伐材は、一、五五八石と見積られたので、同年三月頃これを被控訴人に売却することになつて、乙第一号証の売買契約書を作成したのであるが、右証書には冒頭に「左記の通り間伐立木の売買契約をなし」との記載があり、ついで売買物件の表示として「淡の輪村野山における百野所有立木の内一部間伐材(杉檜)で間伐目印を付したもの全部」とある外、附帯条件として、被控訴会社は、間伐実施にあたり残存木に損傷を及ぼさぬよう注意し、万一損傷があつた場合の損害保証金として被控訴会社より一〇万円を差入れる趣旨が定められていること、(右保証金については、当事者双方が領収書を取り交し決済せられていることは、原審証人百野康雄、同工藤武雄の各証言によつて明らかである。)が認められるのであつて、右によれば、本件は、木材ではなく、間伐材として目印をつけた特定の立木の売買であるといわなければならない。しかしながら前記書証に、原審並当審証人工藤武雄の証言の一部、及び原審並当審における被控訴会社代表者中筋喜代二本人の供述の一部を綜合すると、右契約締結にあたり、控訴人の方では、甲第一五号証の調査書を被控訴会社代表者中筋喜代二に示して、間伐材は、一五五八石存する旨説明し、石当り五〇〇円以下では売らないとの申出をしたのであるが、折衝の結果、数量は、一、五〇〇石とし、単価は石当り四五〇円と定め、代金総額六七五、〇〇〇円に対し、一応同年四月八日六五万円の前渡をなすこととし、残額は伐採後清算することに定め、かつ被控訴人の立木引取期限を同年一二月末までとし、伐採工賃、搬出運賃、雑費等は、立木の売買のこととて、当然被控訴会社の負担とする旨約定したこと(もつとも乙第一号証の売買契約書には、代金額として一五万円の記載があるが、右は納税関係から、不実の低額を記載したものであり、そのため正確な取引数量の表示も釣合上できなかつたものであり、また右の関係から、前記六五万円の支払に対し、控訴人より被控訴会社に対し一五万円、被控訴会社代表者たる中筋喜代二個人宛に五〇万円の各領収書が交付せられている。)が認められ、右契約内容に、被控訴会社代表者本人の供述によつて認められる如く、被控訴会社では、控訴人の指示した立木の数量を信用し、契約前現地を検分する等の調査は全然していない事実を合せて考察するとき、前記数量の指示は、単に評価の標準を示したに止まらず、むしろ右数量の存在を契約の主眼として取引が行われたものと認めるのが相当であつて、即ち数量を指示してなされた特定物の売買であるというべきである。またそのことは以下に説明する伐採、搬出当時の状況に徴しても首肯できるものといえよう。即ち、原審並当審証人東浦伝一の証言によつて認められる如く、間伐実施中、被控訴会社代表者中筋喜代二が数回にわたり伐採現場に出張し、人夫に対し間伐材を丸太に切る長さを指示し、かつその一部を現場より他の業者へ送付を命じ、間伐材の杉皮を他に処分したようなことは、本件が立木の売買であることを裏書する一資料ということができるし、また、成立に争のない甲第一六号証の一ないし二四、同第一七号証及び右東浦証人の証言によつて窺われる如く、間伐に際し、控訴人、被控訴会社の双方が、間伐材の寸検を人夫に命じ、控訴人の方には甲第一七号証を以てその結果が報告せられ、被控訴会社の方へは、甲第一六号証の一ないし二四の納品伝票によつてその数量が告知せられているのは、当事者双方が立木の数量に深い関心を持つていたことを物語るものであり、数量を指示した売買たることを推測せしめる資料であるといえよう。もつとも右証言と当審証人東忠治の証言によると、人夫に対する伐採依頼は、控訴人がなし、伐採の道具を貸与した事実も認められるが、右は、何分控訴人所有の山林の間伐であつて、間伐木を人夫に指示するについては、控訴人知合の人夫が便利であるし、また間伐にあたり残存木の損傷を防ぐためにも、それが適当であると考えられたためであらうと思はれるし、さらにこれについては被控訴会社の諒解を得たものであることは、原審証人百野康雄の証言によつて認められるところであり、他面人夫賃の取定め、その支払は前記契約どおり被控訴会社がこれをなし、人夫は、現場作業については主として被控訴会社の指揮監督に服していたものであることが右証言によつて窺われるのであるから、右人夫雇入れの事情は、いまだ前認定の売買の性質を左右するに足る資料となし難いことはいうまでもない。また前記証人工藤武雄の証言、被控訴会社代表者本人の供述中、右認定に反する部分は容易に信用できないし、他に該認定を覆すに足る証拠がない。

ところで、前記甲第一六号証の一ないし二四、同第一七号証、証人百野康雄の証言、被控訴会社代表者本人の供述によると、右間伐の実施は、同年八月末を以て終了したのであるが、間伐材の実際の数量は、七〇二石三、四しかなく、残余の七九七石六、六が不足していたこと、ならびに被控訴会社が、同年一〇月頃、右不足分に対する控訴人の納付拒絶を理由に、控訴人に対し、残部の売買契約解除の意思表示をしたことが認定できる。前認定の如く、本件は数量を指示した特定物の売買であるから、その数量に不足があつたからといつて、債務不履行による契約解除が許されないのはいうまでもないが、被控訴会社が右不足につき善意であつたことは前認定のとおりであるから、控訴人に対し、売主の担保責任を追求し、代金の減額を請求しうることは勿論であり、被控訴会社のなした右一部解除の意思表示は、代金減額の請求たることを明示していないが、数量の不足を知つてから一年以内になされたものであることは、右認定のとおりであるし、元来代金減額請求の本質は、契約の一部解除であるから、右解除の意思表示を以て代金減額の請求をしたものと認めるを妨げない。従つて、前記代金額は、これによつて現在数量七〇二石三、四に対する石当り四五〇円の割合による合計三一六、〇五三円に減額せられ、控訴人は、前渡代金六五万円より右を控除した残額三三三、九四七円を被控訴会社に返還すべき義務あるものといわなければならない。

つぎに被控訴人の損害賠償請求について判断する。

被控訴人は、本件立木を製材すれば、一石につき五二一円三二銭の利益があり、不足分七九七石六、六で合計四一五、八三六円一一銭の得べかりし利益を喪い損害を蒙つたと主張し、いわゆる履行利益の賠償を求めるのであるが、本件は数量を指示した特定物たる立木の売買であること前記のとおりであるから、特定した立木につき納付引渡があつた以上、その数量の不足に対し、債務不履行による損害賠償責任を認めるに由なく、この点に関する被控訴人の請求は失当たるを免れない。しかしながら、被控訴人は、予備的に、売主の担保責任を追求し、代金減額請求と共に損害賠償請求をなすものというべきであるので、右損害賠償責任の範囲について按ずるに、売主の担保責任は、売買の目的物に原始的な瑕疵があり、一部無効を来すべき売買に対し、法律が公平の観念上、売主の過失の有無に関係なく認めた特別の責任であるから、その責任の範囲は、売買の有効を前提とする履行利益に及ばないのは、当然であつて、信頼利益、即ち売買の完全成立を信じたいことによる損害、これを反面からいえば、瑕疵を知つたならば蒙ることがなかつたのであらう損害に限定されるものと解するを相当とする。これを本件の売買についてみるに、被控訴人主張の如き、目的物の瑕疵がなければ得たであらう利益、即ち履行利益の賠償請求が許されないのは、右説示によつて明らかなところであり、ただ被控訴会社が前記数量の不足を知つていたならば、現存数量を越えた代金の支払をしなかつたであらうと考えられるが、右超過支払分は、前記代金減額請求による返還請求権の内容になつているのであるから、重ねて賠償責任を認めるに由なく、他に信頼利益の賠償を認むべき損害のあつたことは、被控訴人の主張、立証しないところであるから、被控訴人の右損害賠償の請求も亦失当というべきである。

はたしてそうであれば、被控訴人の本訴請求は、代金減額請求によつて生じた前認定の三三三、九四七円より、被控訴人の自陳する控訴人の立替金二八、八〇〇円を控除した三〇五、一四七円及びこれに対する本訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和二六年一二月三〇日以降完済に至るまで年六分(本件売買代金債務が商行為によつて生じたものであることは、前認定の事実に徴し自ら明らかなところであるから、代金減額請求による返還義務も性質上、右同様の商事関係に立ち、年六分の法定利率を適用すべきものと解するを相当とする。)の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当としてこれを認容すべく、その余は失当として棄却を免れず、右と異る原判決は変更すべきであり、被控訴人の附帯控訴は理由がない。

よつて、訴訟費用の負担について、民訴法第九六条第九二条及び第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 吉村正道 金田宇佐夫 鈴木敏夫)

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